演劇事始

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NTLiveアドベント・全レビュー/NTLive星取表

この記事は「ナショナル・シアター・ライブ(以下、NTLive)10周年企画アドベント」の25日目の記事です。

アドベントカレンダー(記事一覧)は以下リンクからどうぞ。
adventar.org

24日目の健太さんからリレーを受け取りました。
kentabookmark.hatenadiary.jp

今回は全NTLiveアドベント記事についてのレビュー、10年間分の星取表と簡易な作品レビューについて書きたいと思います。

NTLiveアドベント・全レビュー

(1日目)日比谷恵太さん「ベスト・オブ・エネミーズ」についての記事

privatter.net
2023年、初めて出会ったNTLiveとの思い出についてです。
「ベスト・オブ・エネミーズ」は私も観ましたがあの臨場感、激しい討論の様子が目に浮かんでくるようなレビューでした。
NTLiveという試みが、時間と空間を超えて作品と出会わせてくれる存在だということがよく分かります。

(7日目)ケイさん「戦火の馬」についての記事

michikusa.plus-career.com
映画館で演劇を観る、という経験をそのまま克明に書いて下さいました。
戦火の馬の終盤の展開を思い出しながら読みました。
観客を見渡す、軽食を食べる、周りの方の涙。観客との一体感こそ、舞台の醍醐味だということが伝わってきます。

ケイさんの2つ目の記事はこちら!
michikusa.plus-career.com
何と37作品についてのレビュー!
皆さんも10年を振り返って星取表作成してみてはどうでしょう?

(8日目)はづき真理さん「リア王」(サイモン・ラッセル・ビール版)についての記事

august16th.hatenablog.com
生活の中に根差した「演劇」についての文章にも思え、また、優れたお芝居は私たちと現実を繋いでくれるということを思い出させてくれる文章でした。
ご自身を「リア王」の登場人物・次女リーガンに重ね合わされた経験のくだりが特に忘れられません。

(9日目)麻(柳川麻衣)さん「National Theatre at Home(NT at Home)」についての記事

hempandwillowinpain.blogspot.com
COVID-19が蔓延していた2020年、家でNTLiveが配信で見られる「NT at Home」に心を支えられたお話です。
あの頃の、出口の見えないトンネルの中にいる様な気持ちを思い出しました。
フランケンシュタイン」「欲望という名の電車」「コリオレイナス」について書いてくださり、読んでいて人生には物語が不可欠だと再認識できました。

(10日目)みなみさん「NTLive10年間・30作品の振り返り」

mv-mnm.hatenablog.com
作品を観た後、日常生活でも引きずるほど影響を受けるのもあるあるですよね、わかります……と思いながら読みました。
「夜中に犬に起こった奇妙な事件」の感想で「役者の演技はもちろん身体の巧みな動きと技術が集まれば、エスカレーターも降りれるし宇宙にも行けるし、家の間取りも分かる。」という部分には激しく頷きました。時空を超えていける演劇の可能性!

(12日目)トッコノ(鵞鳥)さん「NTLiveと夢小説」

nanos.jp
シラノ・ド・ベルジュラック」のレビュー、NTLive夢小説執筆についてのお話です。
ジェームズ・マカヴォイのシラノは、付け鼻などはせずに周りから軽んじられる、知性ある男を素晴らしい精度で演じてましたね。
リーマントリロジーとシラノの夢小説を書かれたとのこと、大変気になります。是非読みたい!
別の場所でも書きましたが私がNTLive夢小説を読むなら「ヤング・マルクス」がいいなぁと思います。

(14日目)AOIci(あおいち)さん「リーマントリロジー、ジョージ3世の狂気(邦題:英国万歳!)」についての記事

aoiciworks.hatenablog.com
ロンドン・日本で観た「リーマントリロジー」、ロンドンで観た「ジョージ3世の狂気」(日本では「英国万歳!」の名で公開)についてのお話です。
リーマントリロジーの何世代にも渡る壮大なお話はまた観てみたくなりますし、観客層含めての演出だったのかもしれない「ジョージ3世の狂気」は見逃した悔しさを覚えました。
あおいちさんも書かれてましたが女性3人のリーマントリロジーも是非観てみたい。

(16日目)はとさん「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」について

ibara810.hatenablog.com
ダニエル・ラドクリフとジョシュ・マグワイアが主演の「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」(以下、ロズギル)をロンドンと日本で観たお話です。
現地で観たNTLiveと再会するのはあおいちさんの記事でもありましたが、本当にエモーショナルで稀有な経験だなと思います。
好きなものを追っていると思わぬ出会いが待ち受けている。それが伝わってくる記事です。

(18日目)Lily「フランケンシュタイン、橋からの眺め、善き人についての思い出」について

fishorfish.hatenadiary.jp
作品の中で描かれる、必ずしも正しくはない出来事や人から、自分は何を受け取って持ち帰るのか?というお話です。
NTLiveとの最初の出会い(フランケンシュタイン)と、自覚のない加害性、という共通点のある「橋からの眺め」「善き人」について考え、まとめてみました。

(19日目)成山さん「NT at Home、シェイクスピア作品、全作品レビュー」

baraoushakes.hatenablog.com
NT at Homeで更に制約なく、作品と出会えた経験が生き生き書かれています。
シェイクスピア作品は翻訳もいくつかあるので、翻訳ごとにも更なる出会いがありそうです。
演出=視点・まなざしという書き方には特にはっとしました。
私の場合は他者の視点を知りたくて演劇を観に行くところがあるので、素敵な捉え方だなと思いました。

20日目)駒止さん「レオポルトシュタットとハヌカとの出会い」

privatter.me
裕福なユダヤ系大家族が迫害に巻き込まれて没落してゆく様を描いた「レオポルトシュタット」との出会い、その作品との出会いを通して実際のユダヤ教の行事・ハヌカに参加された貴重なレビューです。
他者とどう共にあるか、という事に対して真摯に対峙し、勉強されたことが伝わってきます。

(21日目)阿部藍子さん「札幌でのNTLive上映の思い出」

abe10bear.hatenablog.com
札幌での記念すべきNTLive上映(「ライフ・オブ・パイ」「フリーバッグ」「かもめ」「るつぼ」)の感想に喜びがあふれていて、まさにNTLiveへの壮大なラブレターだと思いました。
「お金をもらっている気分(?)になりながら鑑賞」という一文には大いに頷きました。NTLiveからの多大な恩恵にひたすら感謝したくなるの分かります……!

(22日目)annnaさん「オーディエンスの資料を作ったお話」

musicalandplay.com
「オーディエンス」上映にあわせて、ご自身で詳細な資料を作成されたお話です。
資料も載せてくださっていますが大変な力作で、「オーディエンス」を見逃したことが心底悔しくなります。
NTLive、当初は字幕に誤字が多く読むのが大変だったことを思い出しました。一つの作品にかける熱意が本当に素晴らしく、脱帽です。

(23日目)HNかんがえちゅうさん「プレゼント・ラフターについて」

privatter.net
大好きなアンドリュー・スコットへの思い、原作との変更点、感想と盛りだくさんの内容で楽しく拝読しました。
しんどい時にこそ観たくなる作品、勇気づけてくれる存在になる作品って自分にもあるなぁと思います。
また、劇場の盛り上がりを間接的にでも追体験できるのがNTLiveの強みの一つだなと再認識しました。

(24日目)健太さん「6回連続で観たフランケンシュタインの思い出」

kentabookmark.hatenadiary.jp
フランケンシュタイン」のストーリーに沿った詳細なレビューです。
これはまさに読むNTLive再体験!
フランケンシュタインは多くのテーマが含まれていますが特に「この世に突然産み出される理不尽」を描いていたことを思い出しました。

NTLive星取表

最後に、今まで観たNTLiveの星取表と感想を記しておしまいにします!
以下の表はNTLive公式ホームページ(NTLiveラインナップ)とTwitterで頂いた情報を元に作成しました。

2014年

フランケンシュタイン
 ①ベネディクト・カンバーバッチ博士ver
☆②J・L・ミラーが博士ver 
コリオレイナス
・オーディエンス
リア王(サイモン・ラッセル・ビール出演)
ハムレット(ローリー・キニア出演)
・オセロー(エイドリアン・レスター出演)


フランケンシュタイン

他の方も書いていますがこの頃はまだ字幕を本国で作っていた関係か、誤字が多く読みづらかった思い出。
フランケンシュタインは2バージョンありますが、私が観たのはJ・L・ミラーが博士、カンバーバッチが怪物ver。
性暴力の場面がきつすぎてもう1バージョンが観られなかった……。
これに関しては自分の記事で詳しく書いてます。
https://fishorfish.hatenadiary.jp/entry/2023/12/18/120156

2015年

欲望という名の電車
二十日鼠と人間
・スカイライト
・宝島

転職があったりして、全く時間が作れず1つも観れなかった年。観ておけばよかった作品ばかり!

2016年

 ・ハムレットベネディクト・カンバーバッチ出演)
☆・夜中に犬に起こった奇妙な事件
☆・橋からの眺め
 ・人と超人
 ・ハードプロブレム
☆・戦火の馬


夜中に犬に起こった奇妙な事件

制作者が「一種の英雄譚」と語っていた通り、一人の少年への祝福の物語だと思った。英雄は世界を救う人とは限らない。
宇宙や星の光からすれば、小さくて些細な存在だって英雄になりうる。主人公のクリストファーが見ている世界を、物語の力を借りてそっと覗き見られた気がした。
演出が最高に好きだった作品。


橋からの眺め

「有害な男らしさ」について知りたければこの作品を観てもらった方が早い、というくらい的確に描いていると思った。
この作品に関しては自分の記事で詳しく書いてます。
https://fishorfish.hatenadiary.jp/entry/2023/12/18/120156


「戦火の馬」

実は馬BLだったのでは???と今でも思っている作品。
トップソーンを起こそうと鼻面を押し付けるジョーイの場面で落涙。
戦場に行く前はみんな「クリスマスまでに戦争は終わる」と楽観的だったのに、戦争がはじまると泥沼でそんなことは無かったという落差が残酷だった。
世田谷パブリックシアターで上演された「銀杯」という芝居にその辺が似ている。
とにかくパペットの動きが緻密で素晴らしい作品。舞台上にアルバートが破り取ったスケッチブックの紙を模したスクリーンがかかって、そこに田園風景・戦場の様子を墨絵のようなタッチの映像で流してたのが好きだった。
休憩後に原作者と演出家のインタビューが流れ、原作者が「馬視点で描いたのは中立的な立場の被害者視点が欲しかったから」「政治で議論は尽きないが、戦争の悲しみに議論の余地はない」と話していたのが印象的。

馬に感じる憐れさを、どうして同じ人間には感じられないんだろう、と帰り道に考えた。

2017年

 ・ハングメン
 ・三文オペラ
 ・深く青い海
☆・誰もいない国
 ・お気に召すまま
 ・ヘッダ・ガーブレル
 ・一人の男と二人の主人

誰もいない国
イアン・マッケランパトリック・スチュワートが共演する?!と聞いて駆け付けたがまっったく理解できなかった。
完敗です。

2018年

 ・エンジェルス・イン・アメリカ 第一部 至福千年紀が近づく
 ・エンジェルス・イン・アメリカ 第二部 ペレストロイカ
 ・ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ
☆・アマデウス
 ・イェルマ
☆・フォリーズ
☆・ヤング・マルクス
 ・ジュリアス・シーザー

アマデウス
人間のありとあらゆる感情博覧会、格好いい舞台芸術(特に衣装ーコンスタンツェのドレスがどれも最高)、演劇の一部となるオーケストラ、全てが大きくて圧倒された。
サリエリは神様に愛されたかった人で、もっと言えば「自分を愛してくれる神様が欲しかった」人だった。
才能と嫉妬と羨望と絶望の話でもある。
サリエリが幾多の「自分に音楽の才能を与えず、天才アマデウスの能力に気づく力を与えた神様への呼びかけ」を経た結果、
最後に「私は君たち数多の凡人達の守護神となる」と、自らを神の座において語りかけだすのがあまりに哀しかった。
ラストのサリエリのスピーチ、悲壮感ありありとしたものでもなくて、開き直るだけ開き直った男の告解のようで、観客もところどころ笑っていたのが興味深かった。私は悲哀を感じたけど笑える人もいるんだ!という新鮮な驚きがあった。


フォリーズ

勝手に「人生は夢………」って作品かと思って行ったら、その真逆で驚いた。
バーンスタイン本人が言ってるように「同窓会で酒のんで酔っ払って回想するだけの話」という身も蓋もない要約もできる。
歌が本当に難しそうで、歌いこなす出演者達がすごいと思って観ていた記憶がある。
主要な登場人物に誰一人感情移入できない芝居だったので逆に興味深く鑑賞した。自分が20代の頃はひたすら苦しかったので、若いころに戻ろうともがく登場人物達と心理的な距離があったのかも。


ヤング・マルクス

面白いコメディだった。
若い頃の極貧時代のマルクスは利己的で好色で最悪な男なんだけど、でも憎めない魅力にあふれている。
ロリー・キニアの演技力が炸裂。親友のエンゲルスと「マルクスエンゲルスエンゲルスマルクス」と何度も言い合うのが可愛い。
妻の家宝の銀器を勝手に質入れして窃盗容疑で警察から追われる幕開け等々、テンポ良く進むのは、めちゃくちゃ格好いい音楽と回転舞台の成果もある。
エンゲルスマルクスに労働者の現状を切々と語る場面や、大英図書館で騒動になるシーンが特に最高。

2019年

☆・マクベス(ローリー・キニア出演)
 ・ヴァージニア・ウルフなんかこわくない
☆・リア王イアン・マッケラン出演)
 ・英国万歳!
 ・アントニークレオパトラ
 ・アレルヤ
 ・リチャード二世
 ・みんな我が子
 ・イヴの総て


マクベス(ローリー・キニア出演)

マクベス(ローリー・キニア)とマクベス夫人(アンヌ=マリー・ダフ)の演技力が凄まじいもので、世界にはこんなに演技のうまい役者さんがいるんだな……としみじみしてしまった。
上映前の映像で演出家と舞台美術の担当、戦場カメラマンの方が作品についてのインタビューに答える所が映るんだけど
「政府が機能しなくなると封建主義と独裁が台頭する。民主主義はむしろ新しい理念で、不安定な世になると暴力に頼った方法を人は選びがちになる」
というコメントが身につまされて、めちゃめちゃ怖かったのを覚えている。
権力にたいする野心と罪悪感にかんする芝居。恐らく一度文明が解体された、内戦状態の世界観だった。
最初にマクベスが敵の将軍の首をナイフで切り落とす構図とラストの構図がほぼ同じにつくられてて、マクベスが倒されても根本的な情勢の安定など今後も望めないように見えて空恐ろしかった。
文明崩壊した後の世界観なので、高い地位に居る人は原型の残った衣装(赤いスーツ、スパンコールのついたドレス、パジャマ、ジャケットなど)を着ていて、そうでもないと既存の服の残骸を組み合わせて着ているのが良かった。


リア王イアン・マッケラン出演)

すべての演者の演技がうますぎて「演技が上手い」という感想すら出ないくらい、演技が上手い。
イアン・マッケランリア王の「愛されていたい」「尊敬されていたい」という欲望が打ち砕かれて、メタ認知がどんどんできなくなって、花を銃に見たてて狂乱してるシーンが特に好き。
私は常々、権力というものは権力を持っていることそれ自体に権威があるから、実は一度権力を持ってしまったら中身を問われる機会はそんなに無いんだろうと思ってるんだけど(偉い人は「偉そうにしている」ことで偉さを担保されている)、リア王って自分の権威の根拠(領土)をハサミで切って分割してしまうところから始まるので、根拠がない「偉そうにしている態度」は反感を買うし、どんどん権威を削がれて(家来を減らせ云々)、それが何故なのか道化に何度も言われてても気づけないのが悲しかった。
権力をはぎ取られる時にこそ、人は自分が何故権威を持てていたのかを知ることが出来る。
道化役のロイド・ハッチンソンが特に好きな演技をしていた。退場してしまうのが惜しいくらいだった。

2020年

☆・リーマン・トリロジー
 ・フリーバッグ
 ・スモール・アイランド
 ・夏の夜の夢
 ・プレゼント・ラフター
☆・シラノ・ド・ベルジュラック
☆・ハンサード


リーマン・トリロジー

COVID-19の流行で劇場が休止になったりしつつ、再開したシネリーブル池袋で2回観た記憶がある。
瀬尾はやみさんと話してたときに「語りの心地よさが弾き語りに似ている」ということから「平家物語が近い」と言われて、はっとした。
見事に女性の登場人物は「妻」「母」「娘」の域を出ず、書き割りである。あくまで、これは男達の話なのだ。ボビーが妻を仕事の話から遠ざけたように、女性達を追いやって成長した国と経済と会社の物語。

かつて平家物語を琵琶法師が語るのを心地よく聴いていた人達がいたように、もしくはかつて吟遊詩人のもたらす物語をわくわくしながら聴いていた人達がいたのと同じ様に、役者三人とピアノ一本で150年の一族の歴史と趨勢をあまりに美しい言葉と音楽で届けてくれるすごい作品。
柏木さんの訳が流れる様なリズムで本当に美しかった。
「奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂にはほろびぬ、 偏に風の前の塵におなじ」とあるように、アメリカ南部で小さな店を開いたユダヤ系移民の三兄弟がその時代にあった投資先を選び、その子や孫もまた、有り余る富を手にするも、全ては失われていく。
失われる事が分かっているからこそ、一人一人の男達が一族とあまりに大きくなりすぎた会社を背負い、悪夢にうなされながら富を増やすために走りつづける様が哀しく見える。


シラノ・ド・ベルジュラック

ジェームズ・マカヴォイ、心に傷を負い、体に傷を負いながらも相手を求めてやまない役が似合いすぎる。
普段は傲岸不遜で権力にあがない自由を求める怖いもの知らずなシラノ・ド・ベルジュラックが、たった一人の愛する人を前にしたら戸惑い、相手の言動に傷つきながらも目を潤ませてじっと縋るようにただ相手を見つめる様が忘れられない。
シラノとクリスチャンはお互い、相手の姿と声・言葉を借りてロクサーヌにアプローチするが、それって女性を介してお互いを愛していた一面もあるよなと思っていたら、そういう描写が出てきたのでやっぱりと思った。
最期の最期にこれまで武器にしてきた言葉を、愛する人に対して最後まで言えずに死んでいくシラノも本当に悲しいし、誰も自分を見ていなかったことに気がついたクリスチャンの絶望にも胸を締め付けられた。

クリスチャンの描き方が単に賢くない美男子、というものではなくて異性には口下手なまだ若い男というアプローチで、途中から彼はロクサーヌが惹かれてるのはシラノの言葉に対してで、自分ではないことに薄々気がついてるんだけど、それが決定的になった後にシラノにキスをする。
あれはロクサーヌがはじめに惹かれた自分の容姿、今彼女が愛しているシラノの魂、二人の男の要素をひとりの人間にできないかという試みにも見えるし、彼自身がこれまで目にかけてくれていたシラノに惹かれていたからにも思えるし、その両方にも見えた。自分を見て欲しい二人から見てもらえない哀れさ。

マカヴォイは紛れもなく美しい容姿の人物だけれど、佇まいや演技で付け鼻などなくとも容姿にコンプレックスを抱いた男にみせていた。
他人が自分に感謝のキスをしようとしたり、顔に触ろうとするときのびくつき方が手負いの獣のようだった。

他の演出や元の戯曲をみたことがないのでぼんやりした先入観なんだけど、ロクサーヌが真相を知るシーンを戦地からの手紙をシラノが読むのではなく、ストレートに真実を語る様にしてたのは意外だった。ロクサーヌをクリスチャンとシラノのホモソーシャルの犠牲にしないための脚色にもみえた。
真相を知ったロクサーヌが驚いた後、シラノに罪悪感を抱く展開かと思っていたら、ちゃんと怒りを示してシラノの代筆した手紙を燃やそうとしてて好感がもてた。そりゃ腹が立つよね。その時涙ぐみながら「頼むから手紙を破かないでくれ」と呟くシラノの「これは許してしまうよなぁ、ずるいなぁ」という佇まいもとても良かった。

シラノ・ド・ベルジュラックという舞台では背景は鏡ばりでよく役者たちは鏡に映った自分や他人をじっと見つめる。
それは相手の影でしかないが、真実の相手の姿のように錯覚してしまう。プラトンの洞窟の比喩のように、それが人間の認知の限界で、だからこそ人間は必ず間違えるし、愚かなことをする。

ハンサード
夫婦のおかしな会話にくすくす笑っていたら隠されていた過去が明らかになっていって、とても胸が痛かった。
バージニア・ウルフなんかこわくない」と構造が似てる劇だと思った。

2021年

・メディア
十二夜
ジェーン・エア

2022年

ロミオとジュリエット
・ブック・オブ・ダスト
・プライマ・フェイシィ
・ストレイト・ライン・クレイジー
・ヘンリー五世

コロナ禍、引っ越し、出産、新生児の子育てと立て続けに色々あり、2年間、1本も観られず……!

2023年

 ・レオポルトシュタット
 ・かもめ
 ・るつぼ
 ・ライフ・オブ・パイ
 ・オセロー(ジャイルズ・テレラ出演)
☆・ベスト・オブ・エネミーズ
☆・善き人
☆・ライフ・オブ・パイ(アンコール上映)

ベスト・オブ・エネミーズ
主役2人の演技力が半端ない……。
カメラに自分がどう映ってるか全部把握してた気がする。
ジェイムズ・ボールドウィンがある種、生きるために討論してるのに討論相手から「楽しんでるか?」と聞かれたと話す場面が好き。
カメラが回ってないところで彼ら2人が何を話したのだろう?と言う最後のシーン、ロマンティックだと思うけどこれ日本の話ならここまで乗れたかな?とふと疑問に思った。
もう一度見直して隅々まで演技を堪能したい作品。

善き人
ものすごくつらくて、打ちのめされた作品。役者達の演じ分けがすさまじいレベル。
詳しくは記事にて。https://fishorfish.hatenadiary.jp/entry/2023/12/18/120156

ライフ・オブ・パイ(アンコール上映)
パペットで出てくる動物たちが本当にすごい。
特に虎は、表情が細かく変わるわけじゃないのにくるくる顔が変わっている様に見える。
パイの漂流譚の仕組みはオランウータンの登場で何となく気付いた。
物語ることの意味とか宗教の位置付けとか、もっと知識があれば深く考察できそうなお話だった。
でも、2幕はじめに流れた映像で演出家の方が「いい夜だった、と(観た人に)思ってほしい」と言っていた様に、帰り道はわくわくドキドキした気持ち、虎が出てハラハラして終わった1幕のことを思ったいい夜だった。
虎が寝てる時の尻尾の動きとか、前足を舐める動作がうちの猫そっくりだった。
ボートが出現する場面が本当にすごい。
パイ役の方の身体性が素晴らしいのでつい見入ってしまう作品だった。

パイがヒンドゥー教イスラム教、キリスト教の3つを同時に信仰していた描写と、複数の動物が同時にボートに乗っていたことが関係するんだろうということは何となく分かったけど深められずに終わってしまった。
虎の檻に入ったパイに、可愛がっていたヤギを虎に食べさせるのを見せるのは懲罰的なしつけに見えたし、漂流しているパイが父や先生、漂流ハウツー本の筆者に導かれるのも含め、パイの生きる世界では父権が強いという表現に見えた。
神を信じることと、物語を愛することはどこか似ているなと思った。

最後に

この企画に参加してくださった皆様、記事を読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
慣れない主催業でご迷惑をおかけしたと思います。ご協力に深く感謝いたします。

NTLiveの製作者の方々、NTLiveを配給してくださっているカルチャヴィル合同会社の方々、字幕を長らく担当してくださっている柏木しょうこ様、他の字幕担当者の方々、NTLiveを上映してくださっている各地の映画館の皆様、皆さんのおかげで様々な珠玉の作品に出会えました。本当にありがとうございます。
ずっとこの素敵な試みが続きますように。心から願っています。

皆様、良いお年をお迎えください!