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映画ダンジョンズ&ドラゴンズはいいぞ

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16日目担当のLilyです!
今年のテーマは「NEW WORLD」ということで映画ダンジョンズ&ドラゴンズについて書きます。

2023年で最も面白かった劇場公開映画は?と聞かれたら迷いなく「ダンジョンズ&ドラゴンズアウトローたちの誇り」と答える。
映画ダンジョンズ&ドラゴンズは居心地のいい船とか、履き心地のいい靴みたいな作品だ。我々を見たこともないところに連れて行ってくれる。
これから、そんな映画の話をしたい。

※映画本編のネタバレがあります。未見の方はご注意ください。

ここが素敵!映画ダンジョンズ&ドラゴンズ

・冒頭から世界に引き込んでくる

映画は馬車が雪深い場所に囚人を移送してくるところから始まる。
この囚人移送のシークエンスがまた良い。
監獄の扉が開く仕組み、人間でない種族のゴツい囚人、囚人を繋ぐ鎖のギミック。それらの描写だけで「今からファンタジー映画が始まるよ!」という説明になっている。
台詞を使わないで世界観の説明を済ませる製作者たちの手腕、只者ではない。

連れてこられた囚人は、氷の長椅子に寝そべって編み物をしている男性・エドガン(クリス・パイン)と、芋を食べている女性・ホルガ(ミシェル・ロドリゲス)のいる囚人部屋に入る。
新人の囚人はエドガンの忠告を無視してホルガに性的な誘いをかけ、撃退される。

そう、この映画は女性がこの後も大暴れする役回りの映画なのだ。
また、ホルガと芋の描写は後々でも出てくる地味に重要なものである。ラストまで覚えていてほしい。

場面は変わり、二人は他の囚人に混じり、氷を割る労働についている。
エドガンとホルガは明日に赦免委員会を控えていることが会話で示される。
「ジャーナサン」という鳥人間の委員がいるから今回は仮釈放されそう、ということもわかる。

とりあえず、この事を強調して書いておく。

ここから10分くらいの場面を見て、面白い!と思ったらぜひ最後まで映画を見てほしい。

何故ならここからの場面には映画の魅力がたっぷり詰まっているからだ。
一時期、Twitterで話題になった「ジャーナサン」もちゃんと登場する。彼の行く末を見守ってほしい。

・音楽、美術、衣装全てが凝っていて素晴らしい

上記の鳥人間、ジャーナサンもCGではなく人が鳥人間の着ぐるみを着て演じている。
ファンタジー世界を表現するための風景、数々の魅力的なモンスター、エドガンが失った妻・ジアを象徴するサファイアブルーのトンボ、各キャラクターの衣装、エドガンが演奏する歌や各場面を盛り上げる音楽、わくわくする様な構造のダンジョンの数々。
どれも素晴らしく凝っていて、観ていると何処かに旅に出たくなるほどだ。
エンドロールの中世の絵を真似た仕掛け絵本の美術も素晴らしい。

映画内の美術や人物の絵を手元に置きたい+製作秘話を知りたい場合は、公式のアート&メイキングブックがおすすめだ!
なんと日本語訳も出ている。お求めは以下リンク先からどうぞ。電子書籍もあり。

https://www.borndigital.co.jp/book/31261/

・キャラクターがみんな魅力的

ここからいよいよ物語の根幹について触れるのでネタバレ注意です。
各登場人物について書きます。

エドガン)

物語の主人公であり、最初の語り手、仲間達のリーダーで作戦を立てる役割。
飄々としていて軽口を叩く吟遊詩人であり、盗賊。
演じているのはJ・J・エイブラムスが製作、監督したスター・トレックシリーズで主役のカーク船長役をつとめたクリス・パイン

エドガンはかつては正義の秘密結社「ハーパーズ」に入って活躍していたが、「見返りを求めない」組織のため生活が貧しく、家族(妻、娘)にもっと良い生活をさせるために盗みを働くようになり、捕らえられ、冒頭の囚人生活を送っている。

エドガン達は「悪党からしか盗まない」盗賊をしていたらしいが、映画内で息をするように遊牧民のゲル?から馬を盗んでてひどすぎると思った。遊牧民にとって大事な!!!財産!!!悪党以外からも盗んでる!!!ひどい!!!)

映画内でエドガンは死別した妻を生き返らせるためのアイテムを求めている。
失われた家族の絆を取り戻したい。
そんな普遍的な願いは、映画を観る人の共感を呼びそうである。

ただ、この映画は、この「家族の絆」を必ずしも「血縁関係」に求めない。

私は作り手のその姿勢がとても好きだ。
血縁がない、違う種族の者たちがどんな絆を築いていくのかぜひ注目してほしい。

エドガンは深い後悔を抱えて生きている。
仲間達が離散寸前の時に彼が取る行動は「とにかくみんなを鼓舞する」「頑張る」などのマッチョなものではない。
彼は「自己開示」「弱さを認めること」を選択する。
「失敗を続けるのをやめると、本当に失敗する」というエドガンの台詞は名言だ。
一行を率いるリーダーの姿勢として、とても現代的で素晴らしいと思った。

演じたクリス・パインの乗馬技術とリュート演奏力(ぢから)、歌唱力にも注目だ。
ちなみに彼は2023年12月15日公開のディズニーアニメ映画「ウィッシュ(Wish)」でヴィランの声を演じている。こちらも観るのが楽しみ。

(ホルガ)

仲間内で最も腕っぷしが強い戦士。
ある部族の出身だが、別種族の男性と結婚したことで部族から関係を切られている。
エドガンとは恋愛関係にないが、慣れないワンオペ育児と妻の死で打ちひしがれた彼を見ていられず、手を貸して同居し、娘のジアを共に育ててきたパートナー。

夫との関係はうまくいかず、離婚している。
これまで男性が演じることを担ってきた「配偶者としてはダメすぎる存在」を女性キャラのホルガが役割として担っているのは興味深い。

敵役・フォージの住む城でホルガは二度ほど大暴れするのだが、その時のアクションの見やすさ、斧の使い方は本当に素敵である。

ホルガがエドの娘、キーラを「bug」と呼んで、エドは「honey」と呼んでいるのもキャラクターの特徴が見えて良い。
エドの妻の象徴がサファイアブルーのトンボなのと、「bug」という愛称がさり気なく重ね合わされているのも気が利いている演出だ。

演じるのはワイルド・スピードシリーズでお馴染みのミシェル・ロドリゲス

(サイモン)

立派な大魔術師を祖先にもつ、ハーフエルフのソーサラー(魔法使いの一種)。
映画内で急成長する役割。

元々はエドガンの盗賊仲間だったが、一行が離散し、金を稼ぐためにしょぼい魔法を見せ、その隙に財布を盗むという問題のある金の稼ぎ方をして暮らしていた。
エドガンとホルガに誘われ、再び仲間になる。
後述するドリックに惚れているが、告白して振られている。

サイモンの成長を妨げていたのが「立派な祖先に引け目を感じ、低い自己評価をつけていた自分の意識」だったというのは、とても身近にありそうな描写で、どんどん魔法をパワーアップしていく彼の活躍に共感し喜ぶ若者も多いのでは?と思う。

レッドドラゴンから逃げる時にさりげなくドリックの手を引いていて、その一瞬の場面が好きです。

演じるのは「名探偵ピカチュウ」でピカチュウの相棒を演じたジャスティス・スミス。人好きのする佇まいがとても素敵な俳優だ。

(ドリック)

動物に変身できる魔法使い・ドルイドの少女。種族はティーフリング(悪魔の血を引く種族)。悪魔っぽい角や尻尾が生えていて、そのためか両親に捨てられ、森のエルフに育てられた。
敵のフォージの無茶な森林開発のために、森のエルフは住処を脅かされており、フォージを倒すためにエドガン達に協力する。

クラスはドルイドで、様々な動物に変身できる。
ホルガと共に大暴れする女性キャラクター。
彼女が変身するアウルベア(フクロウと熊を組み合わせたモンスター)の純粋な暴力にはひれ伏すしかない。

劇中、フォージの城に単身で潜入した彼女が様々な動物に次々変身して、城から逃げるワンカット風のシーンは必見!

演じるのはリメイクされた「IT(イット)」シリーズに出演していたソフィア・リリス
これからの活躍が楽しみな俳優だ。

(ゼンク)

一時期、ジャーナサンと共にTwitterをにぎわせた「セクシーパラディン」その人である。

クラスはパラディン(聖騎士)。剣を使って戦うが、剣に魔法を込めて強化しているっぽい描写がある。

敵のふところに潜入するための重要アイテム・魔法破りの兜を持っているのでエドガン達に助力を頼まれ、協力してくれる。
ある悲しい事情で、故郷と両親を失い、普通の人間より長生きになっている。
大変真面目で、堅苦しく、かつセクシーである。
また大変強く、強すぎて「この人がいれば全て解決する」ためか途中で仲間から離脱する。

また、言葉を文字通り受け取る特性があるが、エドガンとホルガが恋愛関係にないパートナーであると描かれるのと同様、「そういう人」としてさらっと描写されるので好き。

余談だが、彼は耳がよく、エドガンが小声で「大嫌いだ」と呟くと、それを聞いて微笑むという場面が物凄く印象に残った。
長生きのゼンクからすれば、エドガンの悪態も可愛い犬がした悪戯の様なものなのかもしれない。

演じるのはNetflixのドラマ「ブリジャートン家」でも大変ホットだったレゲ=ジャン・ペイジ。

(キーラ)

エドガンと亡き妻・ジアとの娘。エドガンとホルガに育てられた。
エドガン達が捕えられたため、逃げ延びたフォージに保護されている。フォージから嘘を吹き込まれ、エドガンを軽蔑している。

フォージに物凄く気を使ってる表情を見せており、彼を邪険に扱ったらいつ捨てられて路頭に迷うか分からないので表面上は友好的に接するしかなかったんじゃないかなぁと思った。
本心から懐いてるというより、懐いてると思ってもらわないと困る立場に追い込まれているというか。
子供にそんな思いさせちゃ駄目ですね……。
エドガン達は彼女のケアをしっかりしてほしい。

演じるのは傑作ラブコメ映画「マリー・ミー」でも娘役を演じたクロエ・コールマン。

(フォージ)

敵役その1。
かつては詐欺師として活躍、エドガン達の仲間だったがみんなが離散した後は、ネヴァーウィンターという街の領主になっている。

演じるのはロマコメの帝王、ヒュー・グラント
パディントン2」でも素敵な敵役だったが今回も胡散臭い笑顔の詐欺師を好演。

エドガン達と盗賊をしていた頃のフォージの方が、大金持ちになって街を支配してるフォージよりもずっと楽しそうなのが切なかった。

ヒーロー(英雄)とは心意気や生き方や出自などではなく「誰かが見てなくても皆のために行動すること」だという劇中描写とは対照的に、物凄く自分をアピールして影で悪いことをしている。

街の領主なのでフォージの顔が描かれた気球が出てくるのだが、それがあまりに素敵な胡散臭いスマイルなのでめちゃくちゃ乗りたかった。フォージ印の紙ナプキンも、110円くらいで買いたい。

ソフィーナ

敵役その2。
カルト的な魔術師集団、レッドウィザードの一員で強大な力を持つ魔法使い。

強すぎて倒し方がわからないタイプのラスボス。
劇中、ボスのザス・タムと魔法で遠隔通信している場面が在宅勤務っぽくて良かった。途中で人に邪魔されるのも、在宅勤務あるある。

ソフィーナの赤いローブと、エドガン・ドリック・ゼンクの身につける緑色(青っぽい緑色含む)が対照的なカラーで視覚的に対比になっていて好き。
サイモンの身につける黄色の服とフォージの黄金っぽい模様のローブも、かつては仲間だったことを示していて好き。

演じているのはデイジー・ヘッド。

最後に。

私がこの映画で一番印象に残ったのは、とある理由で妻を失い、幼い娘・ジアと二人だけで生活をしているエドガンの場面だ。

ここで少し自分の話をしたい。
私にも2歳の子供がいるのだが、子が0〜1歳、保育園に入園する前の時期はほぼワンオペで子を育てた。
夫と私の両親はまだ働いているので滅多に頼ることはできない。民間のベビーシッターは高額で本当にスポットでしかお願いできない。
夫は転職したばかりで自由に休むことが難しく、昼間子と2人きりで過ごした。

当時のツイートを発掘したので貼っておく。


これは産後2週間の頃の記録である。
つまり散々体を酷使した出産の直後、まだふにゃふにゃの0歳児につきっきりで寝ずに育児していたことになる。この頃の記憶は無い。しんどすぎて体が思い出すことを拒否している。

エドガンはハーパーとして活動していて、恐らく日中はほぼ家におらず、長期間家を空けることもあっただろう。
そこに突然、妻の死が訪れる。
映画の舞台は中世っぽいファンタジー世界なので、当然家電は無い。
ベビーシッターの制度もなさそうだし、子育て支援などの福祉も充実してなさそうである。
つまり、これまで妻に全てお願いしていた家事と育児を突然ワンオペでしなければいけなくなったのだ。
映画では妻がいた頃飾られていた花は萎れ、スープは煮えて吹きこぼれ、赤子である娘は泣きまくっている。
ワンオペ育児のあるあるが全て詰まっている。タスクは山積みなのに誰も頼れない。

優れた作品は、他者だと思っていた存在(ここではエドガン)の中に自分を見出させてくれる。
また、自分の中に他者を見出させてくれることもある。

映画の中ではホルガの登場で、私の生活では子の保育園入園によって、ワンオペ育児は終わる。

この映画によって私は、遠い存在だと思っていた主人公エドガンの中にかつての自分を見出し、私の中にエドガンの様な要素を見出せた気がした。
エドガンは多くの過ちをするが、現在の選択によりそれを贖おうとする。
また、サイモンの兜使いこなしチャレンジ、エドの提示するプランA・B・C、そうした描写は「過去に何があったとしても、そこから再出発できるんだ」という作り手の眼差しを感じる。
私もまた、日々間違った行動をしているが、そこからまたやっていけるのではないかという勇気を、この映画はくれた。

この映画の好きなところは多々あるが、そうした作り手のあたたかい目線が一番好きなものだ。

冒頭で、「映画ダンジョンズ&ドラゴンズは居心地のいい船とか、履き心地のいい靴みたいな作品だ。我々を見たこともないところに連れて行ってくれる」と書いた。

この映画の配信をきっかけに、Twitterで同時視聴企画を立てて実施できた。
そして、ぽっぽアドベントに初参加でき、この様に記事を書く機会も頂いた。
素敵な作品は思わぬところへ自分を連れて行ってくれる。

ちなみに、Netflixに加入していると映画ダンジョンズ&ドラゴンズを視聴可能である。(2023年12月16日現在)
https://www.netflix.com/jp/title/81631823


今回は書ききれなかったが、吹替版も声優陣がとても豪華でよく出来ているので、字幕版と共に視聴してみて欲しい。

ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございました。

明日、12月17日はまどりさんの「韓国語学習を始めた話」の記事です。

今から読むのが楽しみ!


(参考)
映画ダンジョンズ&ドラゴンズ公式ホームページ
paramount.jp