演劇事始

演劇や映画や、みたものの話

俺達はどこへだっていける――「チック」

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行く道も帰る道も、自分で決めれば良い

 シアタートラムで観た「チック」が本当に素晴らしかったのでしみじみしている。
ドイツの児童文学が原作で、家は裕福だけど周りとうまく関われず親からネグレクトを受けているマイク(篠山輝信さん)とロシア系移民で転校生のチック(柄本時生さん)が盗んだ車で旅をする話。

原作が好きで映画(50年後の僕達は)も観た上で観劇したんだけど、柄本君演じるチックは肩の力が抜けててすごく「世間を知っていそうな」子供に見えるんだけど、旅を続ける内に彼の孤独が見えてくるのがとても良かった。
マイクのお母さん(那須佐知子さん)はアルコール依存症でマイクはお母さんのキャラクターを気に入ってるけれど、それでも病気のことは気にしている。
マイクのお父さん(大鷹明良さん)は子供に無関心で堂々と浮気をしてはお母さんと喧嘩ばかりしている。
マイクもチックも、旅の途中出会う少女・イザ(土井ケイトさん)もみんな違った形で社会からはみ出し、はみ出していることを自覚している。

舞台の演出も遊び心がたっぷりで大変良かった。途中で見つけるブラックベリーがとても大きなぬいぐるみみたいな造形で絵本的な誇張があったり、二人が乗る盗んだ青い車の運転席と助手席が客席の一番前の真ん中につけられてて、舞台の上のカメラで二人の演技をうつすようにしていたり、ドライブの様子がわかるようにチックやマイクが青い車のラジコンカーを舞台の上で操作して動きを表したり、ライブカメラを使って役者同士がお互いの表情を撮り合って舞台上のスクリーンに映し出したり。

映画のチックはマイクと出会わないと死んでしまっていただろうな、と思う感じだったんだけど、柄本君のチックは、マイクとであ出会わなければ精神的にきつかっただろうなと思うキャラクターに仕上がっていた。
途中、チックが「自分は女の子に興味がない」とマイクに告白するシーンがあるんだけど、マイクはその時、
「この時、自分がゲイだったらなぁと思った。そしたら全部解決するのにって。でも僕はチックより女の子の方が好きだ」と内心考えて、とりあえずクレイダーマンのカセットをかける、という対応をする。
チックにとってそれがどう思う対応だったかは語られないんだけど、拒否されず、チックがチックであることをそのまま受けとめたマイクみたいな友人を得られて、本当に良かったなと思えた。

チックとマイクとイザも彼らが旅の中で出会った人達も、皆が祝福された生を続けられるよう願わずにはいられなくなる舞台だった。
マイクの言う「父さんにこの世の90パーセントはクズだと教わってきたけど、旅の中で出会った人達は残りの10パーセントにはいる人達ばかりだった」という言葉が忘れられない。

那須佐知子さん、大鷹明良さん、土井ケイトさんはチックとマイクが旅先で出会う人達も演じ、場面によって色んな役になる。大鷹さん演じる幼児の衝撃は果てしなかった。
結局、マイクにとってもチックにとっても相手の属性がなんであれお互いにとって相手が一緒にいて面白い相手かどうか、が全てになってる気がして、それはこの世で一番大事なことのように思えた。
ラストシーンは小説版、映画版、今回の舞台版も同じで、お母さんが家中の家具をプールに投げ込んで、マイクも同じ様にした後、
プールに飛び込みこれまでのこと・これからのことに思いを馳せるところで終わる。

チックもマイクもイザも、お父さんもお母さんも、社会から少しだけはみ出しているけれど、だからこそいつだって、どこにだって行けるのだ。それに気付いてさえいれば。


(余談)
那須さんが演じるアイス売りが「今日は特別に日本のお菓子をおまけにあげる」といって柄本くんに都昆布を渡したら小声で「ほんっとうに(食べられない的意味)無理なんで・・・・・・」と拒否しながら言ってて笑った。